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金融庁が警告 「老後に2000万円不足」の本質は何か?

はじめに

元号が変わって、はや1カ月が経ちました。

この記念すべき令和のはじめ、令和元年6月3日に金融庁の金融審議会 市場ワーキング・グループが「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を公表しました。

この中では、高齢化と少子化が進む中で、老後を年金と貯蓄だけに依存することに様々なデータを用いて警鐘を鳴らしています。

その一つとして取り上げられたデータを踏まえ、「平均的な高齢夫婦の場合、公的年金中心では毎月約5万円の赤字となる。これが続くと退職後の30年間で2000万円が不足する」という内容の報道が連日続いています。

金融庁としても少し意図的に危機感を煽ったところもあると思いますが、報道や世論からはやはり厳しい声が寄せられているようです。

ネット上では

「年金払うのやめたい」

「これまで納めた年金返せ」
「もし投資してマイナスになったら、国が責任とってくれるのか」

といった意見が見られています。

また、国会では野党の方々が「年金制度の責任放棄ではないか」という論調を展開されているようです。

これを受けて、麻生財務相が「(年金だけでは)あたかも赤字ではないかと表現したのは不適切だった」と釈明する騒ぎになっています。

では、今回の報告書の本質は何だったのでしょうか?

色々と突っ込まれるかもしれませんが、あえて冷静に考えてみたいと思います。

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本投稿のサマリー

この投稿でお伝えしたい内容の要約は、次のとおりです。

 金融庁の報告書は、現行の社会保障制度の現実を踏まえると概ね妥当な内容。

 年金だけでは、1,300万円~2,000万円程度不足すると試算される。しかし、平均純貯蓄額がそれを上回っていることや20~30年の間の運用可能性についても考慮されるべき。

 報告書では、老後の生活資金不足の解消に向けて①現役期(30~50歳代)②リタイア期前後(50~70歳代)③高齢期(70歳代以降)における対応策をそれぞれ提示。

 特に①と②の世代では対応できることがまだあるので、不安な方はそれらも参考にするべき。

報告書の主な指摘内容

今回の報告書で指摘されている高齢社会及び老後の生活設計をめぐる状況を、改めて整理してみます。

高齢世代の現状

  • 高齢社会において、長寿化・単身世帯の増加・認知症の増加が進んでいる。
  • そうした中で、収入は全世代で低下している。一方、支出は公的年金の水準調整(≓支給水準の切下げ)、税・保険料の負担増など増加傾向が強まっている。
  • 高齢者の就労は進んでいるものの、高齢夫婦無職世帯では毎月平均5万円赤字。赤字額は自身が保有する金融資産より補填することになる。
  • 退職後に 20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で 1,300 万円~2,000 万円になる。老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることが重要。
  • 一方で、我が国の高齢者は体力・知力とも高いレベルを有し、高齢者の就労継続は今後も続くと思われる。

働き方の変化と退職金

  • 若年層を中心に働き方が多様化し、副業や転職、フリーランスなど、一つの企業に留まらず働くということは、長く働き続けることができる可能性を高めうる
  • 一方で退職金が一定の勤続年数に応じて発生する又は勤続年数に比例して増加する形式の場合、一つの企業に留まらない働き方は、多くの者にとって老後の収入の柱である退職金給付という点で不利な面もある
  • 雇用の流動化の広がりを踏まえると、退職金制度の採用企業数や退職給付額の減少傾向が続く可能性がある。退職金制度の有無を含めて、自身の退職金の見込みや動向については早い段階からよく確認しておく必要がある
  • 退職金については、4人に1人が 投資に振り向けており、また、投資に振り向けた人の半数弱は退職金の1~3割を投資に回している。退職金の額を踏まえると、資産運用に回す金額は多額であることから、運用方針や資産運用にあたって必要な金融に関する知識を事前にある程度は身につけてから臨むことが望ましい。

長期投資による資産形成の必要性

  • 早い時期から生涯のライフ・マネープランを検討し、老後の資産取崩しなどの具体的なシミュレーションを行っていくことが重要である。
  • 米国では、市況が好調だったことに加え、401(k)プラン等の制度的な後押しもあり、現役期から資産形成を実行・継続するとともに、そのような世代が歳を重ねるに従い、高齢世帯の資産が増加していったと推察。
  • わが国でも後述するつみたてNISA や iDeCo 等が整備され、個人が長期の資産形成を行うための制度的な環境が整いつつある
  • 投資による資産形成の必要性を感じつつも、投資を行わない理由として上位を占めているのが、「まとまった資金がない」「投資に関する知識がない」「どのように有価証券を購入したらよいのかわからない」という回答であり、顧客側の問題に加え、金融機関側が顧客のニーズや悩みに寄り添いきれていない状況。

 

ここまで報告書に沿って要点を書き出してきましたが、いかがでしょうか?
個人的には大変厳しい中でも「しごく真っ当な」現状認識ではないかと思います。

今回の批判の主な論調は「公的年金の責任放棄である」とか「大切な老後資金を投資のように元本保証がないもので対応してよいのか」といったものが多いと感じます。

しかし、公的年金が本質的に「最低限度の生活を保証する」程度の意味合いしかないと考えれば、それだけで悠々自適な生活を望むことは難しいのではないでしょうか?

もちろん年金の加入期間が短く、年金だけでは、最低限度の生活すらおぼつかないという方々もいらっしゃることは理解していますし、それを単純に自己責任だと切り捨てるつもりもありません。

しかしそれは、生活保護制度など別の社会保障問題として考えるべきものと思っています。

もっといえば、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、年金の一部を国内株式や外国債券・株式といったリスクが高い商品(≓リターンが見込める商品)で運用していることを考えると、好むと好まざるとに関わらず、年金加入者全員が投資商品を購入・運用していることになるのです。

GPIF基本ポートフォリオ

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2,000万円不足の本質は何か?

先ほどの「高齢世代の現状」でまとめたとおり、本報告書では「不足額の総額は単純計算で 1,300 万円~2,000 万円」と述べていますが、それは次のような前提にたっています。

  1. 2017年家計調査における引退して無職となった高齢者世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみ世帯)の平均月間収支
  2. 収入は209,198円に対して、支出は263,718円。その差額が▲54,520円≒5.5万円の赤字
  3. 収入の主なものは、社会保障給付192千円など
  4. 支出の主なものは、食料64千円、交通・通信28千円、教養・娯楽25千円など
  5. 平均純貯蓄額は2,484万円

高齢夫婦無職世帯では毎月平均5.5万円赤字で、赤字額は世帯で保有する金融資産より補填することになります。

退職後に20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は
5.5万円×12カ月×20~30年 ≒ 1,300 万円~2,000 万円になります。

これが今回の騒動の中身です。

高齢夫婦無職世帯月額収支
高齢夫婦無職世帯月額収支

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(出典) 第 21 回市場ワーキング・グループ 厚生労働省資料

ちょっとまって! その1

ん? 何か見落としてませんか?

そうなんです。報告書の中(上記の5番目)にこの世帯の「平均純貯蓄額は2,484万円」という項目があります。
世帯平均では、上記不足額の単純計算を上回る貯蓄額を既に持っているんです。

そこに触れていない報告書もどうかと思いますが、マスコミの反応もやや情動的なのではないでしょうか。

もちろん「平均貯蓄額だから一部の金持ちが平均を押し上げている」とか「病気など不測の支出があったらすぐに足りなくなる」といったご指摘もあると思います。

しかし、この手のシミュレーションの場合、例外要素をもってくればどんな反論も可能です。

例えば、世帯平均支出だって月26万円を下回る世帯も多いでしょうし、交通・通信28千円や教養・娯楽25千円だって削減の余地は大いにありそうですよね。

なお、参考までに「二人以上の世帯で世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄現在高階級別の分布」を挙げておきます。
これを見ると、直近の2017年では1000万円以上の貯蓄を持つ高齢者世帯は64.2%となっています。

二人以上の高齢世帯主の貯蓄現在高分布
二人以上の高齢世帯主の貯蓄現在高分布

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(出典) 第 21 回市場ワーキング・グループ 厚生労働省資料

これを多いとみるか、まだまだ少ないとみるかはそれぞれだと思います。

ちょっとまって! その2

今回の不足分をめぐって違う観点からもう一つ指摘を。
前提条件をもう一度確認します。

退職後に20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は
5.5万円×12カ月×20~30年 ≒ 1,300 万円~2,000 万円になります。

ですよね。
では、残りの人生期間「20~30年で運用しながら取り崩したら」どうなるのでしょうか?

運用+取り崩しの試算

年間取崩:5.5万円×12カ月=66万円
運用利率:年間2%
この場合に、①20年間と②30年間で必要になる元本はいくらか?

早速、計算してみます。ファイナンシャルプランナー試験を受けた方にはおなじみの「年金現価係数」です。

①20年間の場合、約1,080万円
②30年間の場合、約1,479万円

いかがでしょう?
準備すべき老後資金の元本(退職時点で持っているべき投資元本)が、1,300 万円~2,000 万円から1,080万円~1,479万円へとずいぶんリーズナブルになりました。

ちなみに「運用利率2%が高いのでは?」と思われるかもしれません。

銀行預金が0.01%という中では高く感じられるところですが、年金不安が囁かれるGPIFの設立以来(2001年度~2018年度第3四半期まで)の収益率+2.73%(年率)を下回る水準なのです。

 

2019/6/16 追記

今回の「不足額の月額5.5万円」については、総務省の家計調査を元に出されています。

金融庁報告書では2017年が引用(後述しますが、これは厚生労働省の資料が2017年だったためです)されています。

その後、家計調査 2018年もまとまっているようです。そちらも参考に見てみます。

金融庁報告書とぴったり一致するデータは取れませんでしたが、世帯主が65歳以上・無職・2人世帯で見てみると、
実収入 224,063円 - 実支出 267,171円 = ▲43,108円 となっており、2017年の5.5万円から1.2万円ほど改善しています。

これを踏まえて、もう一度先ほどの計算をしてみます。

運用+取り崩しの試算

年間取崩:4.4万円×12カ月=53万円
運用利率:年間2%
この場合に、①20年間と②30年間で必要になる元本はいくらか?

①20年間の場合、約 867万円
②30年間の場合、約1,187万円

となって、必要額がずいぶん少なくなることがわかります。

このように収支の改善(今回でいえば、月額1.2万円)が長期的には大きく生活を楽にすることがわかります。

次ページで詳しく書いていますが、このために必要なのは「支出の見直しと現役時代からの慣れ」です。


それからもう一つ。

この投稿では、今回の金融庁報告書の中から色々なデータを紹介していますが、出典を「第 21 回市場ワーキング・グループ 厚生労働省資料」としているのに気づかれたでしょうか?

これは、金融庁報告書のデータの出典が厚生労働省のワーキンググループの資料だったからです。

もちろん、金融庁報告書の中にも引用元は記載されているので、原本に当たるのが当然だと思っていました。
(僕の投稿の図表も厚生労働省の報告書から持ってきています。)

しかし、先週の後半くらいから、「元のデータは厚生労働省が作成したものである」との報道が多くみられるようになってきました。

ということは、それまでマスコミの方々は金融庁報告書にきちんと目を通していなかったということか、厚生労働省の資料であったということを重視していなかったかのどちらかということです。

野党の議員さんが麻生大臣に「報告書全てに目を通したのか」と聞いていましたが、マスコミの方や有識者の方にも同様の投げかけがあって然るべきではないかと思ってしまいます。

(2019/6/16 追記 了)

2019/7/20 追記

本投稿のシミュレーションを踏まえて
「残りの人生期間20~30年で運用しながら取り崩したら、いくら必要?」
「その必要額を10年~30年かけて積み立てるには、毎月いくら積み立てる?」
という疑問を計算してみました。

こちらの記事に詳しく書いていますので、良かったらご覧ください。

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(2019/7/20 追記 了)

いずれにしても、ここで重要なのは報告書にあるとおり「老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみること」に尽きるのではないでしょうか?

→ 次ページで「それでも不安のある方へ」

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